倚りかからず
倚りかからず
昨日図書館に取りに行った茨木のり子さんの詩集、2冊目のタイトルです。
何に、どう倚りかからないのだろう、と興味があって、まずはこれを読んでみたいと探してもらった本です。
結果、最初に借りた 「落ちこぼれ」 にも入っていたので、作品としてはすでに読んでいましたが。
「倚りかからず」は茨木さんとしては何冊もある詩集の中でも後期に出されたものらしく、ほとんどが発刊のために編んだものだったとのこと。
印象としては一編が長いなという風に思いました。
詩という位置づけの文章の長さって、長い短いに何か決まりがあるのかどうかはわかりませんけれど、どうやら詩は書く、作る、ではなく「編む」ということを初めて知りました。
2冊ともに入っているのですが
「自分の感受性くらい」を読んだとき、共感というより気恥ずかしさを感じたような、叱られたような、そんな気持ちになりました。
昨日、またその詩を読んで、せっかくそんな心持ちになったんだったのに、昨日私が書いたブログはまさしく舌の根も乾かぬうちに、 ばかもの だったと恥ずかしくなりました。
茨木さんはご自身に充てた詩ですから、叱咤激励ということなのだと思うのですが、凛として自身を保つ努力、私には永遠の課題ですね。
でも、そうありたいと思ったのだから、今からでも遅くはないと思うのだから、少しでも近づくように過ごすべき。
そうは思っても。。。なんですけどね。
背もたれ以外にもきっと倚りかかるであろう私。
今日は彼女はいるけれど、また違う今日に出来るように接してみようか、とは思います。
おかげかどうか、電車座れましたww
こちらは曇り空
風がなく寒くない朝
皆さま、良い週末を。