一切なりゆき
2月が短いというだけではないと思いますが、もう3月です。
春らしさ漂う3月という響き、いいですね。
樹木希林さんの「一切なりゆき」
なりゆきというと、その場の流れに添うというような印象ですけれど、なりゆきで生きていくって、もとの土台がしっかりしてないとできることではないんですよね。
その場限りの思いつきではないんです。
なので、簡単そうで難しい。
そう生きられたらいいな、と思っただけでは出来ることではないんですね。
後先を考えられるから、なるようになると思えるのでしょう。
希林さんはそういうところに長けていらっしゃったのではないのかな。
最低限の持ち物と生活の基盤とが整っていれば、多少何があっても生きてゆける、と。
内田裕也さんや娘さんのことがよく登場します。
私が知らなかったことも多い。
夫婦を続けたかったこと、続けて良かったことも書いてあります。
私に、一切なりゆき、はまだ無理ということはよくわかりました。
その器ではありません。
でも、この先は今までの人生よりは確実に短いのですから、急ぐことはなく自分の喜怒哀楽に寄り添い、丁寧に生きていけたらいいのだといことはよくわかりました。
私の寧寧はこの丁寧の寧が好きで決めたんですよ。
丁寧さに欠ける人生に反省の意味とこれからの目標として。
また驕るような自分が見えたら、希林さんに触れようと思います。
皆さま、今日も良い1日を。